ますほいのジャンルバラバラなお話

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好きな事を語る(戦国武将)

こんばんは。

 

歴史が元々好きで、小学生のときは

戦国時代が大好きだったんです。

 

 

しかし、昨今の戦国ブームでみなさん戦国時代に

詳しくなってしまったので今さら語れない。

 

 

 

 

 

 

でも語りたいので勝手に語ります

 

流し読みしましょう。

 

 

 

まず、小学生のときにハマったゲームがありました。

太閤立志伝

と言うスーパーファミコンのソフトになります。

 

 

 

信長の野望は、国取りですが、

こちらは一人の武将を育てる感じです。

 

足軽から始まり

馬を買い付けに行ったり

米の売買をする事で徐々に

出世して大名になって行く感じですね。

 

秀吉の人生を疑似体験できます。

 

しかし、クリア?とか裏技?で

別の武将になる事も可能です。

 

太閤立志伝2くらいから商人や忍者

にもなれたかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言う事で

 

 

やはり上杉謙信について語りたい。

(前置きはなんだったんだ?)

 

masuhoi.hatenablog.com

米沢で着座している謙信公

本人にも会ったことありますからね。

 

 

ご存知、軍神などと呼ばれている

謙信、戦では相手より少ない兵力で戦います。

 

 

 

信玄公とは、何度となく川中島で対峙しております。

映画 「天と地と

 

川中島の合戦がメインです。

 

(本当は渡辺謙が謙信役の予定が

たしか病気で演れなかった。)

 

渡辺謙の名前の謙も謙信が由来でした

(記憶がたしかなら新潟出身)

 

 

 

しかし実際はかなりの商売人だったと言う

記録も残っています。

 

当時貿易のメインは日本海側だったので、

地の利を活かし、首都の京都などと海路を

使い稼いでいたようです。

 

当時、衣類の材料だった青苧をメインに

莫大な富を築いたとも言われています。

 

 

そう考えると

わざわざ、よその国に攻めて

消耗するより、領土を守るだけで充分だった

とも考えられます。

 

特に海のない山の方は、資源がありませんからね。

 

 

元々、長尾家の四男くらいだった?かな

上に跡取りがいたため、出家させられます。

しかし兄たちは病弱で結局、虎千代(幼名)が

長尾家を継ぐことになります。

 

その後、謙信になるまで4回前後名前変えてますね。

 

 

 

 

そんな謙信に女性説がありました。

 

根拠としては

・月一で必ず腹痛がきていた(出陣を延期することがしばしばあった)

・スペイン人の佐渡金山報告書に景勝の叔母と書かれていた

・死因が「大虫」と書かれている物がある(今で言うと婦人病)

・江戸になってから肖像画にヒゲを付け足したのではないか?

 

どれもはっきり断定できるものはありません。

ちなみに伊達政宗も女性があって墓を掘り起こしたらしい。

 

 

わたしが米沢や川中島で会った方は

 

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漢にしか見えませんよ。

 

 

 

死ぬ前に新潟旅行したい 

 

 

ホントはもっと語りたいですが、

 

 

 

これにて